症状:忙しさと不条理で働く意義を見失いかけ
目の前の人やクライアントやユーザーの役に立つ、感謝を向けられる、など、意義があると感じられる瞬間があると「やってきた甲斐があるなあ」とより一層注力するきっかけになる一方、根回しやらルーティンワークやらに忙殺されるなど時間と手間はかかるのに成果につながっているのか疑問を抱いたら最後止まらなくなる時、ありませんか?
気分:憤りと興奮と、先の見えなさですこしの不安
そんな時に浮かぶ思い、それはたとえば……
なんでこんなに忙しいんだっけ……(疑問)→今やってる事ってなんの意味があるんだっけ……(不安)→これをやるために働いているんだっけ……(絶望)→なにが楽しくてこんなに働いているのだ…!?!?(怒り)
自分で決めた道を自分で正解にしていくように、軸をもってぶれずに諸々取り組んではいても、避けられない不条理や納得いかない状況もありますよね。
憤りをなんとかやりすごしながら、それでも納得いかない時は悶々と考え続け、そしていつまでこの状態が続くのかと不安になったり……そんな気分の時、それでもなんとかこの状態をポジティブにとらえていきたいと思っている、そんな時の解決策の一手のお話です。
解決策:大枚はたいて至福の時を
「なんでこんなに働いているんだっけ……」とおもわず天を仰いだら、素敵な場所へ足をはこびましょう。
「なんのために働く」それはさまざまな意義や理由がありますが、その特権として誰にも気兼ねせず自分のお金で自分を丁重にもてなすことができます。
不条理や解せない事は一旦置いておいて、「がんばっててよかった〜〜〜」とにんまりしながら1秒1秒をかみしめ自分をあたためられる場所がありました。がんばって働いていてよかった〜〜〜と思える体験が待っています。
至福とは……?
「働いている甲斐があったなあ」と思えるほどの感動に包まれること、それがこの場合の“至福”の定義。断続的に訪れる感動が「あーしあわせっ」という感慨をもたらしてくれます。
そんな“しあわせ”をもたらしてくれるもの、それはたとえば……
・自然と調和のとれた環境
・温度や湿度、音楽が快適な空間
・慇懃すぎずカジュアルすぎない距離感
・隅々まで行き届いた清潔さ
・飲みものや本など旅先ならではの出会い
・家ではできない心地よい体験
寒さ暑さを感じずちょうどよい温度が保たれたなか、木々のそよぎやせせらぎを耳にしながら、地場の食材やお酒を味わい、温泉とサウナで浄化し、パブリックスペースとプライベートスペースを自由に往来する……
ただ家から旅館へ移動するだけで、あとはすべてが用意されているーーこれこそが贅沢。
これらに加え、細部に至るまで不便を感じず、迷ったり戸惑ったりすることもない、そんな環境が“贅沢”から“至福”へと昇華する鍵です。
清流に佇む登録文化財
その旅館とは、東京から2時間半ほど、伊豆は中伊豆の修善寺にある旅館『おちあいろう』。1874年、明治7年の創業以来、明治時代には島崎藤村、大正時代には川端康成、昭和初期には北原白秋など名だたる文豪が逗留。当時の最高技術を投じて建造され、建物全体がまるごと登録文化財という名旅館です。4,000坪の敷地に、客室数はわずか16室。
2019年秋にリニューアルし、最新の技術とデザインが投入されたとのこと。リニューアルの目玉はなんといってもサウナです。サウナについては後述!
2名1室利用時の1泊1室が8〜10万円ほど。高級旅館の部類に入ります。
至福ポイント1:自然と調和のとれた環境
修善寺駅から旅館までは車で約20分、山の中腹へとのぼっていきます。『おちあいろう』という名前は2つの川がおちあう地に位置することから山岡鉄舟が名付けたそう。その名の通り、清流のそばに佇んでいます。
繁華街や温泉街のなかではなく川と木々がぐるりと囲む場所ゆえ、空気が軽く静かさも備えていて、なにより自然を身近に感じられる環境。周りにかぎらず、敷地内も緑豊か。美しく剪定された中庭、川沿いの散歩道、そして川にかかる吊り橋!
至福ポイント2:温度や湿度、音楽が快適な空間
創業から150年が経とうとしている旅館、リニューアルをしたとはいえ、古さや不便さを想定して向かいました。ところがその想定は見事に裏切られることに。
木造建築は部屋も廊下も冬の寒さが厳しいと覚悟していましたが、部屋も廊下も浴衣1枚で過ごせるほどに暖かさが保たれています。部屋の窓には断熱(遮寒)用の厚いカーテンがあり、外の寒さをほぼ遮断してくれました。驚いたのは、廊下のすみずみまで暖かいこと。どこを歩いていても等しく暖かいというのはその意識が旅館にないと実現しえません。目には見えないたしかな気遣いを感じたポイントでした。
至福ポイント3:慇懃すぎずカジュアルすぎない距離感
歴史からしても価格帯からしても、いわゆる伝統的な日本旅館のおもてなしなのかなと思っていたところ、これもまた良い意味でそうではありませんでした。修善寺と旅館との送迎はアルファードと高級旅館らしさはありますが、実際にサービスに従事している方たちはフランク。私の滞在時は20-30代のスタッフの方が多く、研鑽なさっている様子を感じるシーンもありましたが、旅館のビジョンがサービスに浸透しているなあという印象でした。
私はうやうやしく持ち上げられるもてなしよりも、旅館への愛着がだだ漏れしてしまうぐらい施設やサービスについて語ってくれつつもこちらからのアプローチ以外はそっとしておいてくれるぐらいの距離感が好みなので、適度に感じられました。
至福ポイント4:隅々まで行き届いた清潔さ
ホテルや旅館で最も本気度が伺えるところ、それは清潔さだと個人的には思っています。専有部分はゲストふたりのためだけに、共用部分はいつだれがどんな風につかうかわからないなかで、常に宿泊客の目線で清潔と整頓を保つことは容易ではないこと。
『おちあいろう』はこの清潔さの維持具合が素晴らしかったです。客室の畳、広縁、洗面台のどこを見ても文字通り塵ひとつ落ちておらず、ほこりも目につかず。ラウンジ、お風呂、サウナ、貸切風呂も同様。全16室といえど満室ななか、常にグラスを片付け水しぶきを拭きあるべき姿をキープするというのは、相当の決意がないとできません。
至福ポイント5:飲みものや本との出会い
ラウンジには食にまつわる本、地場のワインやビバレッジ、スイーツなどが置いてあります。本は、向田邦子、高峰秀子、『つやつやごはん』『ずるずるラーメン』、『サ道』などのサウナ・温泉もの、ゴルフなど。伊豆でつくられたワイン、伊豆のクラフトビール、ジュース、アイスキャンディーやどら焼きアイスまで。伊豆の地で生産されたものがセレクトされています。
至福ポイント6:家ではできない心地よい体験
『おちあいろう』で満喫すべき体験は3つ、「暖炉」「吊り橋」「サウナ」。滞在の醍醐味はこの3つに集約されているといっても過言ではありません。実際、暖炉(ラウンジ)→サウナ→夕食→暖炉→サウナ→睡眠→サウナ→朝食→サウナ→暖炉というループでした。これが叶うところはまだそんなに多くないので、ここぞとばかりに巡回。
不条理もSNSも忘れて
『おちあいろう』のエンターテインメント性は、現実を一時的に忘れ去るには充分。
庭園を眺め、吊り橋を渡り、ブランコに乗り、本を読んで、クラフトビールを飲んで、アイスキャンデーを味わって、温泉につかって、サウナで整って、夕食を食べて、また温泉につかって、サウナで再び整って、ビールを飲んで、夜食を食べて、ぐっすり寝て起きて……と、やることが盛りだくさん。まさに時間との戦いです。
やりたいことがたくさんあって忙しいし、ひとつひとつに感動しきり。だから温泉に身をゆだねている時も純粋に「あ〜〜〜温泉さいこ〜〜〜」だしサウナで整うと「あ〜〜〜整ってる〜〜〜」で、仕事のもやもやが入る余地がないぐらい。
感動を残したくてTwitterを開くものの、目の前の現実の方が何倍もリアルで美しいということにハッとしました。今手にしているものを100%愛でることのほかにやるべきことなんてないんだな、と。
整え親方が手がけたサウナ
サウナ界隈で有名な整え親方こと松尾大さんが手がけたサウナがあります。プロサウナーが評価する「サウナシュラン」にて、サウナ専門施設やスパをおさえて2020年7位、2019年5位にランクインしている実力派。茶室を模し宙に浮いているような「茶室サウナ」、温泉が流れ込む「洞窟サウナ」の2種類があり、女性はチェックイン日が「茶室サウナ」、翌朝が「洞窟サウナ」を体験できます。
これはもう旅の目的にしてもよいレベル……!
良いサウナの条件には、サウナの温度・水風呂の温度・外気浴環境の3つがあります(とつぜんのサウナ講義)。『おちあいろう』のサウナは温度計がなかったのですがおそらく85℃ほど、セルフロウリュといって熱されたストーンに自分で水をかけて温度を上げることができます。低めの温度で長く入りたい場合はロウリュをせずに、高音のなか短時間で温まりたい時は水をかけるとストーンが発する蒸気で温度がぐんぐんと上がっていきます。
「茶室サウナ」では茶室の下に川の水が流れ込む水風呂があり、この天然水風呂がまた最高すぎました。水温が10℃以下の水風呂をシングルと表す用語があるように、この冷たさを保つのは専門の冷却装置が必要なためなかなか見かけないのですが、ここは川の水なので天然の冷たさ。10℃を切るか切らないかぐらいの究極の冷たさでした、心臓麻痺に注意レベル!
だからこそ、「茶室サウナ」でセルフロウリュをしてぐんぐん温度を上げて、水風呂にどぼんと飛び込んで(汗を流してからね)、外でぼーっとするというこの1セットが効き目抜群。サウナの室温と水風呂の水温との差が大きいほど血管の収縮具合が大きく、心拍数も上がります。サウナ:水風呂:外気浴=4:1:2が原則。サウナに8分入ったら水風呂に2分、外気浴に10分という具合です。「茶室サウナ」には外気浴できるデッキチェアは残念ながらないので、タオルを敷いてデッキに座るか、脱衣所のいすに座るかになります。
「洞窟サウナ」の良さは、露天風呂の横にデッキチェアが置いてあるところ。サウナ、シャワー、水風呂、デッキチェア、露天風呂と続いていて、しかも川が目の前。女性は朝入ることになるので、明るいなか川のせせらぎと木々のそよめきを感じながら自然たっぷりのなかサウナから露天風呂まで堪能できます。
都内で外気浴ができるサウナはとても少なく、スパやホテル・旅館でも水風呂がなかったり外気浴ができなかったりと3つを備えているサウナは実はそこまでありません。『おちあいろう』は3つを有するだけでなくひとつひとつのクオリティが最高レベル。加えてサウナが無機質ではなく茶室や温泉流れ込みなど独自の魅力があり、さらに川や木々の自然まで感じられるという点で、プロサウナーたちが賞賛する理由が身を以てわかります。まるごと家に欲しいレベル……。
本と暖炉とクラフトビール
サウナと同じぐらい長居したのがラウンジ。本、音楽(70年代の懐メロ)、スパークリングワイン、クラフトビール、ノンアルコールドリンク、コーヒー、紅茶、スイーツ、おつまみなどが揃っています。
この居心地が最高でした……!
席数は20席ほど、暖炉のまわりや窓沿いにいすが配されています。火のそば、景色の見える窓側など好きな席へ。本のセレクトに、ここでどんな時間を過ごしてほしいかが透けて見えます。お腹がすく本ばかりでした。
火には、温泉につかっているのと同じようなやすらぎと豊かさと解放感を感じさせるパワーがあります。薪がほぐれるパチパチとした音を聴きながら揺らぐ炎を眺めていると、頭をからっぽにしてぼーっとできて、現実から隔離された感。
スパークリングワインを飲んで、本を読んで、クラフトビールを飲んで、火を眺めて、プリンを食べて、紅茶を飲んで、音楽に耳を傾けて、どら焼きアイスを食べるーそんな風に延々リピートしてしまいました。
セルフサービスで思い思いに楽しめるので、気楽に気軽にふらっとラウンジに行けるのもよかったです。
強いて言うならば
食事がすこし惜しかったかなと思っています。夕食・朝食ともに、地場の食材を多くつかった料理が並び、名物のわさびも味わえます。山の宿なのでジビエや野菜がメインですが、全体的に季節感とボリュームが物足りない印象。滋味あるシンプルな料理が好きな人はよいかもしれません。もう少し強弱とインパクトが欲しかったなと思ってしまいました。
でもサウナとラウンジが充実しているので、食事は質素めにしてヘルシーに過ごしてくださいというメッセージかもしれません。
文化と回復を感じられる名旅館
建物の風情、伝統的な建物、プロがプロデュースしたサウナなど、この旅館ならではの魅力が満載でした。ハード面もソフト面も絶妙に設計されていて、これらが相まってトータルで最高の体験を提供するのだなあと改めて感じた旅館です。
訪れる人の感動を奪わないように、あえていくつかのサービスについては書きませんでした。私自身がクチコミをほぼ読まずに訪れて、知らなかったゆえに感動できたことばかりなので、ぜひ現地で楽しんでみてください。
ここで過ごす時間と体験は、「こんなところで羽をのばせることが働いている意義だ」と確信させてくれるに充分。この旅館滞在を楽しむために、せっせと働いているのだ、また来ようーそう思わせてくれる体験が待っています。